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第3回スーツ生地の基礎構造——糸を知る

  • web7455
  • 9月16日
  • 読了時間: 6分


全6回にわたってスーツ生地の基礎をお伝えしていく企画、これまで織りのお話と打ち込みという少しニッチな話題に触れてきましたが、今回は3回目「糸」についてその成り立ちや種類について触れていこうと思います。

目に見えるのはあくまで織られた結果としての生地。けれども、糸がなくては生地は織れません。その裏には撚りの方向、糸の本数、素材の違い、装飾性のある意匠糸など、非常に多様な糸の世界が広がっています。




糸はどうやってできるのか——組成の基礎

糸は基本的に、短い繊維(短繊維、ステープル)を撚って長い一本にした「スパン糸」、またはシルクや合成繊維のように長繊維のまま引き揃えて作る「フィラメント糸」に大別されます。

  • スパン糸 綿やウールのように短い繊維を撚り合わせてつくられる。肌あたりが柔らかく、吸湿性がある。

  • フィラメント糸 ポリエステルやナイロン、シルクなど。撚りを強めにかけずとも糸として成立する。表面はなめらかで光沢がある。

糸に撚りをかける工程は「紡績」と呼ばれます。スーツ地に使われるウール糸の多くは、まずこの紡績によって整えられ、さらに双糸化や意匠加工を経て生地となっていきます。





撚り(より)とその方向——S撚りとZ撚り

糸を撚る方向には2種類あり、それぞれ布の動きや表情に影響します。

  • S撚り:左上がりの撚り方。やや柔らかな印象になり、ステープル系のスパン糸に多く、基本は双糸使いの糸に多い。

  • Z撚り:右上がりの撚り方。直線的でシャープな印象を与える。フィラメント糸や細番手の高級糸、単糸使いの糸に多い。

撚りの方向によって生地の「ドレープ性」や「ねじれ(ツイスト)」の出方が変わり、スーツの動き方や体に沿う感覚も変化します。


さらに、撚りの「強さ」にも注目すべきです。

  • 強撚糸(high-twist yarn) 通常よりも強く撚りをかけた糸。ハリ感が出てシャリっとした肌触りに。吸湿性・通気性にも優れ、シワになりにくい。夏用スーツ地「フレスコ」や「トロピカル」に多用される。

  • 甘撚り糸(low-twist yarn) 撚りが緩やかな糸。柔らかく、ふっくらとした風合い。ラグジュアリーな肌触りで、冬用スーツや起毛素材との相性が良い。

撚り方向+撚り強度が掛け合わさることで、「ドレープ性」「コシ」「反発力」などの要素が複雑に決まっていきます。




単糸と双糸(プライヤーン)——糸の本数と構造

糸を1本で使うか、複数本を撚り合わせるかによって、性質は大きく変わります。

  • 単糸(シングルヤーン) 1本の糸そのまま。軽やかでラフな風合いになるが、毛羽立ちやすく強度がやや劣る。

  • 双糸(ダブルヤーン、2プライ) 2本の糸を撚り合わせたもの。表面が滑らかになり、耐久性や形状安定性が高まる。多くの高級スーツ地で使われる。

  • 多プライ(3プライ、4プライなど) さらに多くの糸を撚り合わせたもの。カノニコが手掛ける4プライウールは、重厚な質感と強度が魅力。クラシック回帰の文脈でも注目。



意匠糸の世界——ネップ、ブークレ、杢糸、バルキー糸

糸そのものに表情や変化を加えた装飾糸は、布地の個性を生み出す重要な要素です。

  • ネップ糸 節(ネップ)を意図的に作った糸。カジュアルで温かみのある印象を持ち、ドネガルツイードなどに使用。

  • ブークレ糸 ループ状の糸で、軽やかで柔らかな表情に。主にウィメンズ向けのツイードやジャケット地に用いられる。

  • 杢糸(もくいと) 異なる色の糸を撚り合わせた糸。深みや奥行きのある色合いになる。ジャージー素材やファンシーツイードにも応用される。

  • バルキー糸 空気を含む構造で、見た目に反して軽量。冬用スーツやコートに適し、保温性に優れる。




糸の性格と生地の「らしさ」

糸の撚り方や構成は、生地のハリ・コシ、光沢、ドレープ性や風合いに直結します。代表的な例を見てみましょう。


強撚糸(強く撚った糸)使用

撚り回数を多くして糸にハリやシャリ感を持たせる。シワに強く、ドライタッチ。

  1. フレスコ(平織 × 強撚双糸)  通気性・防シワ性に優れ、盛夏用の定番スーツ地。

トロピカル(トニック)(平織 × 強撚単糸/双糸)  軽さとシャリ感を兼ね備えた夏向け生地。やや光沢もあり。


甘撚り糸(撚りが少なく柔らかい糸)使用

ふっくらした質感と温かみが出る。起毛加工との相性がよく、秋冬に多用。

  • フランネル(ウーステッド/ウールン)(綾織 × 甘撚り双糸または多プライ) 柔らかな手触りとドレープ性を持つ。温かく上品な風合い。

  • メルトン(綾織 × 甘撚り太番手糸) 密度が高く重厚。コート地として定番。しっかりとした防寒性。

  • サキソニー(綾織 × 甘撚り糸) 上質なフランネルに似た、より柔らかく毛羽立ちの少ない生地。ドレッシーな印象。


意匠糸(ネップ、杢糸、ブークレなど装飾性のある糸)使用

糸自体に変化を持たせ、見た目に豊かな表情を出す。ジャケット地・カジュアル寄り。

  • ツイード全般(綾織 × 太番手+意匠糸) ネップや杢糸を使用し、ナチュラルで温かみのある風合い。

  • ドネガルツイード(綾織 × ネップ糸) アイルランド発祥。不規則な色糸のネップが、雪のように浮かぶ美しさ。

  • ファンシーツイード(ブークレ使用)(綾織 or 平織 × ループ糸) 女性向けのジャケットや春夏の軽やかな生地としても活躍。膨らみ感と華やかさが特徴。

  • 杢調バーズアイ(綾織 × 杢糸) 無地感ながら奥行きのある表情があり、ビジネスでも使いやすい。


番手の違い(太番手/細番手)による違い

糸の太さによって見た目・耐久性・ドレープ性が変化。スーツの印象も大きく変わります。

  • ゼニア「トロフェオ」(綾織 × 細番手双糸)  なめらかで光沢のある高級スーチング。ドレッシーな場に最適。

  • フォックスブラザーズのクラシックツイード(綾織 × 太番手双糸)  重厚でしっかりとした構造感。秋冬の定番。構築的なシルエットに向く。

  • キャバリーツイル(綾織 × 太番手双糸または多プライ)  太い畝と高耐久性。ミリタリーや乗馬起源の男らしい風格。

  • ホップサック(変化平織 × 中〜太番手双糸) ざっくりした織りで通気性があり、発色が映えるジャケット地。



まとめ:糸から“語れる服”へ


ただの生地ではなく、糸の段階から選び抜かれた素材であること。それを知っているだけで、その服は「語れる服」になります。語れる服は、長く着られる。手放したくなくなる。だからこそ、糸から向き合うことは、服を大切にする第一歩だと考えます。









脇山 晃樹 1998年、東京都出身。バンタンデザイン研究所ファッション学部を卒業後、大手紳士服メーカーのオーダー部門で7年間勤務。現在はDrapper Hopeでフィッターとして活動。
脇山 晃樹 1998年、東京都出身。バンタンデザイン研究所ファッション学部を卒業後、大手紳士服メーカーのオーダー部門で7年間勤務。現在はDrapper Hopeでフィッターとして活動。

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