第1回スーツ生地の基礎構造——織りを知る
- web7455
- 8月26日
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「ゼニアが好き」「ロロ・ピアーナっていい生地だよね」——そんな会話ももちろん楽しいですが、まずは基本構造を知ることが、生地選びをもっと深く、楽しくするはずです。
そんな思いから、普段はあまり語られることのない「基礎の中の基礎」から、少しマニアックな事柄まで。全6回にわたり、なるべく丁寧に記してまいりますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
「織り」は、生地の骨格である
スーツ生地に触れる際、まず押さえておきたいのが「織り(織組織(おりそしき))」という基礎構造です。どれほど上質な糸を使っていても、この「織り」によって生地の表情や性質は大きく変わります。
織りは、「布の骨格」。スーツの表情や着心地の根幹を成す要素です。
生地の織りには代表的な3つの組織があり、平織(ひらおり)・綾織(あやおり)・朱子織(しゅすおり)を基本軸に、それぞれの特徴とスーツ生地との関係を解説していきます。
平織(Plain Weave)
縦糸と横糸が交互に上下する、最も基本的でシンプルな織り方です。
特徴は以下の通りになります。
縦横の糸が均等に表面に現れるため、表裏の差が少ない
糸の交差点が多いため、ハリがあり耐久性が高い
糸同士の隙間が多くなるため、通気性に優れる
スーツ地ではトロピカルや*フレスコ(ポーラ)が代表的。シャツ地ではブロード(ポプリン)がよく知られています。
※なお、「フレスコ(Fresco)」は Martin Sons & Co. 社の商標ですが、日本国内では「ポーラ」と呼ばれる生地全般に用いられることが多くなっています。
変化組織としての平織
平織には、糸の質や撚りの強弱、太さなどによって表面にシボや畝が現れる変わり織りのバリエーションがあります。
たとえば、経糸・緯糸を2本以上まとめて(引き揃えて)織ると、より厚みのある表情が生まれます。
経緯ともに2本ずつ揃えて織る → マットウーステッド(スーツ地)、オックスフォード(シャツ地)
3本以上の場合 → バスケットウィーブ(Basket Weave) や ホップサック(Hopsack)
いずれも春夏用の通気性に富んだ生地が多いですが、太番手の糸を使ったり起毛加工を施すことで、秋冬向けの平織生地も存在します。たとえば、ウィンタートロピカルやミリタリーウールなどがその好例です。
そのほかに、たて糸にたるませた糸と強く張った糸を交配して、よこ糸を織り込み生地に凹凸感を出したシアサッカーも平織りの仲間になります。
綾織(Twill Weave)
縦糸または横糸を連続的に上下させることで、斜めの綾(うね)が現れる織り方です。スーツ地において最も多用されるのがこの綾織です。
綾織は、糸の浮きが多いため組織点が少なく、以下のような特徴を持ちます。
ドレープ性に富み、しなやかで柔らかい
光沢感があり、艶が出やすい
シワになりにくく、身体に沿いやすい
代表的なスーツ地はギャバジン、サージ、サキソニー、シャークスキン、チノクロスなど。シャツ地ではツイルやカルゼ(綾の畝が明瞭なもの)があります。
綾織の構成比と名称
2本上:2本下 → 2/2綾(サージなど)
2本上:1本下 → 2/1綾(三つ綾)
3本上:1本下 → 3/1綾(四つ綾)
2/2綾は秋冬素材に多く使われ、綾目の角度が約45度のものを「正則斜文(せいそくしゃもん)」と呼びます。サージ、ギャバジン、サキソニー、カルゼなどが代表です。
一方、2/1綾は春夏〜3シーズン向けの織物として採用され、薄手のギャバジンやチノクロスに多く見られます。平織の軽さと綾織の豊かな表情を兼ね備えた、いわば“いいとこ取り”の織り方です。
逆綾(リバースツイル)
綾織の綾目の向きを一定間隔で反転させることで模様を作る変化組織織物。これにより、繊細な視覚効果が生まれます。
代表的な生地は:
シャークスキン
バーズアイ(織り組織との併用で模様を形成)
朱子織(Satin Weave)
縦糸または横糸を5本以上浮かせて交差させることで、滑らかな面をつくる織り方。綾織よりも組織点がさらに少なく、糸が長く表面に現れるため、以下の特徴があります。
光沢が強く、表面がきわめて滑らか
繊細で、引っかかりやすく、耐久性にはやや劣る
この織り方はネクタイ・裏地・ドレス素材に多く使われます。スーツの表地としては一般的ではありませんが、タキシードやフォーマルジャケットのラペルなどにアクセント的に使用されることがあります。
代表的なスーツ地には:
ベネシャン
ドスキン
タキシードクロス
シャツ地ではサテンが代表です。
なお、朱子織は三原組織の一つですが、綾織の変化組織として分類されることもあります。
「織り」が生む模様と質感
織りの違いは、生地の質感だけでなく柄の表現にも直結します。
グレンチェック:綾織をベースに、大柄と小柄の格子を組み合わせた英国伝統の柄。
ヘリンボーン(杉綾):綾目を交互に反転させ、連続的なV字模様を形成。
シャークスキン:細かな綾織で構成され、遠目には無地に見えるが、光の反射で独特の濃淡が生まれる。
いずれも「織り」という構造があってこそ成り立つものであり、織組織(おりそしき)を理解することは、柄の成り立ちや生地選びの精度を高める重要な要素となります。
「織り」は、表情の骨格である
スーツの魅力は、色柄だけでなく、その奥に潜む構造にあります。
「織り」は単なる技法ではなく、服の表情や着心地を根底から形づくる存在です。
第1回では、その「骨格」とも言える織りの基本をご紹介しました。
次回は、その骨格にどのような密度やテンションを与えるか、つまりは「打ち込み(打ち込み本数)」について解説していきます。

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