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「スーツとは何を語る服なのか」〜ファッション論から読み解く装いの意味〜②規範から考える社会性と個性

  • web7455
  • 7月8日
  • 読了時間: 4分

更新日:8月5日




今回はスーツの歴史を踏まえつつ、ファッション論的な視点から「社会とスーツの関係」、そして「規範からの逸脱」をテーマに考えていきます。やや硬めの内容にはなりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。




1. スーツは「規範をまとう服」

スーツの中に“自分らしさ”はどこまで許容されているのでしょうか?

あるいは、スーツとは自由な服装なのでしょうか。

それとも、規制を強いる制服のようなものでしょうか。


スーツには「こう着るべき」という明確なルールが数多く存在し、「正しさ」や「ふさわしさ」の象徴でもあります。ビジネス、冠婚葬祭、公式の場──そこには形式があり、正義とされる装いがあります。

しかし、そうした厳格なルールの中にも、着る人の価値観や美意識を微細に感じとることができます。


ファッション論的に見ると、スーツとは単なるフォーマルウェアではなく、「規範」と「逸脱」、「社会」と「自己」のバランスをめぐる問いを内包した、きわめて文化的な衣服だといえます。




2. スーツは「社会の規範」を可視化する装い

18〜19世紀の英国上流階級では、金糸やレース、フリル、刺繍といった装飾過多なファッションが支配的でした。それらは階級の象徴であり、富と権威の視覚的な誇示とされできました。


この流れを一変させたのが、ジョージ・ボー・ブランメルです。彼は過剰な装飾を否定し、「質素さ」「清潔感」「均整のとれたシルエット」を提唱しました。


この美学は、やがて現代的スーツの「均整」「清潔さ」といった価値観の基礎となり、産業社会における合理性・誠実さ・清廉さの象徴となっていきます。


ヴィクトリア朝以降、スーツは「服の中のルール」=社会的規範のかたちとして定着していきました。20世紀には軍服の要素も取り込みながら、スーツは「仕事」「信用」「正しさ」を体現する制度的な記号へと確立されていきます。




3. 「模倣と差異」─ファッションにおける規範の構造

社会学者ジョルジュ・シメルは、ファッションを「模倣」と「差異」の間で

機能する社会的言語と捉えました。


  • 模倣(同化):集団への帰属や安心、承認を得るための装い(場にふさわしい服装)

  • 差異(逸脱):個性や自己表現、他者との差別化のための装い(自分らしさの演出)


スーツはまさに、この模倣と差異のバランスを体現する服です。「型」や「色」「ルール」に従うことで秩序を保ちながらも、素材・ディテール・着こなしにおいて、個の表現が介入する余地が残されています。


つまり、スーツにおける「自由」とは、制度の外にある解放ではなく、制度の内側で管理された自由、演出可能な差異なのです。




4. スーツにおける逸脱と更新

ファッションの歴史において、革新は常に「制度の内側からのズレ」によってもたらされてきました。


構築的で重厚な英国式テーラードと、軽やかで流動的な現代のソフトテーラリングの間には、「規範への敬意」と「その再解釈」が共存しています。

そしてその再解釈には、制度の内側からズレることによって生まれる多様性が見られます。


たとえば:

  • ブルックス・ブラザーズが20世紀初頭にアメリカ式スーツとして、ノーパッドのナチュラルショルダーを採用し、より自然でリラックスした印象を打ち出したとき

  • ジョルジオ・アルマーニが構築性を排したソフトジャケットを打ち出したとき

  • 2000年代初頭、エディ・スリマンがディオール オムで極端に細身のシルエットを提示し、スーツに若者文化やロック的精神を接続させたとき


いずれも、既存の規範を破壊するのではなく、そこに問いを投げかけ、意味を更新する試みでした。


逸脱とは反抗ではなく、「再構築」なのです。とりわけ、変化のスピードが遅いスーツというジャンルにおいては、その逸脱がとても繊細で、奥行きのある語りとして現れ、多様性を生み出します。




まとめ─「型」を知り、「ズレ」を仕立てる

スーツは完成されたフォルムを持つがゆえに、「どこまで崩すか」「どこに個性を宿すか」といった問いが常につきまといます。逸脱とは制度との対話であり、自身の立ち位置を繊細に、そして意志をもって表現する文化的・身体的な衣服なのです。


私たち仕立て屋にとって、スーツとは単なる“正装”ではありません。それは「語られたルール」と「語られざる個性」の矛盾を孕む平面であり、どのような“ズレ”を許すか、どこに“自分”を滲ませるかという問いへの応答でもあります。


型を知ることは、同時に「自分を知ること」であり、逸脱の起点を知ることです。

そして、そのわずかな“ズレ(語られざる個性)”を美しく形にしていくことが、私たちの仕事だと考えています。


また、「型」をお客様に共有し、知っていただく事も我々の仕事だと考えております。

些細な質問でも構いませんので、お気軽にご連絡くださいませ。


過去のブログでも有益な情報を発信しておりますので、ご覧いただけますと幸いです。







脇山 晃樹         1998年、東京都出身。バンタンデザイン研究所ファッション学部を卒業後、大手紳士服メーカーのオーダー部門で7年間勤務。現在はDrapper Hopeでフィッターとして活動。
脇山 晃樹         1998年、東京都出身。バンタンデザイン研究所ファッション学部を卒業後、大手紳士服メーカーのオーダー部門で7年間勤務。現在はDrapper Hopeでフィッターとして活動。

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