「スーツとは何を語る服なのか」〜ファッション論から読み解く装いの意味〜①記号論の視点から考える
- web7455
- 2 日前
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スーツとファッション論
近年話題となっている『東大ファッション論集中講義』(ちくまプリマー新書)をきっかけに、従来の服飾史とは異なる「ファッション論」への注目が高まっています。ファッション論とは、時代背景や有名人物の影響を追うものではなく、人間、社会、歴史、哲学といった視点から服を捉える学問です。
本稿では、戦後日本においてビジネスウェアとして発展してきたスーツを題材に、個人的な視点から数回に分けてファッション論的に考察していきたいと思います。
やや堅い内容になるかもしれませんが、楽しんで読んでいただければ幸いです。
スーツってどんな印象がありますか?
「社会的な制服」「仕事着」「フォーマルで窮屈」──そうした印象を持つ方が多いのではないでしょうか。日本の就職活動で定番となっている「リクルートスーツ」も、まさにそのようなイメージを体現しています。
しかし、私たち仕立て屋にとってスーツとは、単なる制服ではありません。それは、「自分をどう見せたいか」「何をまとうか」といった問いと向き合う、非常に個人的な装いです。
ファッション論の視点から見れば、スーツには記号、規範、ジェンダー、身体性といった深いテーマが内包されています。
そうしたファッション論的観点からスーツの意味を掘り下げ、自身の装いを考えるきっかけを提供できればと思います。
1. スーツは社会的な言語である─記号論の視点から
スーツを着るとき、私たちはどんなメッセージを社会に向けて発しているのでしょうか。
記号論の巨匠ロラン・バルトは、ファッションを「言語のようなもの」として捉えました。彼の代表作『モードの体系』(1967)では、私たちが実際に着ている服そのものではなく、ファッション誌などを通じて「語られた服(=記号化された服)」に注目し、そこから意味がいかに生成されるかを分析しました。
2. ファッション=意味を伝える「記号」
バルトの視点では、ファッションは単なる衣服ではなく、「意味を伝えるメディア」です。
たとえば雑誌で「この冬はキャメルのチェスターコートが上品で洗練された印象」と紹介されたとき、それは単なるアイテム紹介ではありません。そのコートは「上品さ」「都会的洗練」「知性」といった意味を帯びた“記号”として機能しています。
3. スーツはどんな記号を持っているか
同じように、スーツもその色や形、素材、シルエットのすべてが「意味」を帯びた記号として存在しています。
黒いスーツ:礼儀、権威、厳粛(例:弔事、公式行事)
ネイビースーツ:信頼、知性、安定(例:就活、ビジネス)
グレースーツ:中立、成熟、理性(例:政治家、上級管理職)
ストライプ柄:職業性、計画性、実務能力(例:金融業、弁護士)
さらに、細身のシルエットはスマートさや若々しさを、ダブルブレストはクラシックで重厚な印象を伝えるなど、スタイルそのものが社会的メッセージを持っています。
ネクタイやシャツの組み合わせまで含めると、スーツは極めて多層的な記号を持ちます。
4. 「意味」を選び取る行為としての装い
私たちがスーツを選び、着るという行為は、「誰にどう見られたいか」「どんな文脈に自分を置きたいか」という意味を選択する行為でもあります。
「グレーのスーツで誠実に見せたい」
「ネイビーで知的に振る舞いたい」
「ブラウンで親しみやすさを出したい」──など。
こうした選択は無意識であっても、私たちは日々「社会に向けた記号」として服を選んでいるのです。
まとめ─スーツは無言の「言語」
ロラン・バルトの記号論は、「服をまとう」という行為の背後に、社会との対話や自己演出、文化的背景があることを明らかにしてくれます。
スーツとはつまり、「私は信頼できる存在です」と無言で語りかける、社会的言語のひとつだと思っています。
そして私たち仕立て屋は、お客様が発したい「言葉(=記号)」を、色や形、生地やスタイルといったさまざまな手段を通してカタチにするお手伝いをいたします。

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