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第6回(最終回)スーツ生地の基礎構造——フィニッシングを知る

  • web7455
  • 25 分前
  • 読了時間: 5分


全6回にわたってお伝えしてきたスーツ生地の基礎構造。織り、打ち込み、糸、ウェイト、そして素材と見てきましたが、その真価を引き出し、個性と品格を与えるのが、最終工程である「整理(フィニッシング)」という職人技です。

この整理の仕方が、生地の表情、手触り、そして着用シーンを決定づける「加工の美学」の核心です。最後までお付き合いいただけますと幸いです。





根幹を支える「縮絨(しゅくじゅう)」の力


織り上がったばかりの生地(生機)は、実はふくらみがなく、ガサついた状態です。これを、柔軟で膨らみのある手触りの良い毛織物に作り変える工程が「整理(仕上げ)」です。

その中でも最も重要となるのが、ウール繊維のスケール(うろこ)を利用した縮絨(ミルド)加工です。これは、水と熱、圧力を加え、繊維を意図的に絡ませて生地を収縮させる工程で、フランネルやメルトンといった生地の土台となります。

この工程を経ることで、繊維が密に絡み合い、生地に厚みと豊かなふくらみ(かさ高性)が生まれて保温性が劇的に向上します。この緻密で厚い構造こそが、後の美しい表情や耐久性を支える根幹となるのです。




表情を分ける二大整理法:クリアカットとミルド


スーツ生地の整理は、「毛羽を徹底的に取り除くか」、それとも「毛羽を意図的に残すか」によって大きく二分されます。これが梳毛(そもう)織物紡毛(ぼうもう)織物の決定的な個性となります。



クリアカット仕上げ:シャープな光沢の美学(主に梳毛織物)


クリアカット仕上げは、現代のビジネスウェアに一般的な、光沢とドレープを追求する整理法です。


・毛焼き・毛剪: 生地表面の不要な毛羽をガスの炎で焼き(毛焼き)、さらに精密な刃物で余分な毛を刈り取る(毛剪)。これにより、徹底的に毛羽を除去し、なめらかでクリアな表面を作り出します。


・湯のし・蒸絨: 熱湯やスチーム(蒸絨)で糸の弾力性を取り戻し、型崩れしにくく、自然な光沢を持ったしなやかな毛織物に仕上げます。


・ペーパープレス: 仕上げの際に、生地を紙に挟んで高温でプレスし、絹のような強い光沢を与えます。サージやギャバジンなど、艶を求める生地に用いられる工程です。


クリアカット仕上げはクリアで光沢のある滑らかな表面を作り出し、織り柄(綾目)が鮮明に見えます。ロロピアーナのタスマニアなどに代表される、艶感と美しいドレープを持つ生地の秘密はこの加工にあります。




ミルド仕上げ:温もりと柔らかさの美学(主に紡毛織物)


ミルド仕上げは、縮絨によって生地に厚みを出し、表面に短い毛羽を残す仕上げで、暖かみのある秋冬の生地に用いられます。

  • フルミルド: ミルド仕上げの中で最も縮絨が強く、毛羽の密度が高いため、織り柄がほとんど見えないのが特徴です。フランネルやメルトンのような生地に見られ、極めて高い堅牢性温もりを誇ります。クラシックで重厚な印象を求めるシーンに最適です。


  • ハーフミルド: フルミルドほど強くは縮絨をかけず、毛羽を残しつつも短く刈り揃えることで、織り柄がやや見える中間的な仕上がりになります。サキソニーやミルドウーステッドといった生地に該当し、柔らかさとエレガンスを両立させ、ビジネスシーンにも馴染む知的なスタイルを表現します。

    • サキソニーは、フランネルと同様に縮絨しますが、その後の毛剪工程の度合いを調整することで、薄く柔らかい手触りと光沢を持ち、フランネルとは異なるエレガンスを表現します。


  • ジベリンフィニッシュ - 特殊加工: 起毛工程で毛羽を引き出し、それを一方向に寝かせることで、生地に美しい波状の光沢(うねり)を生み出す特殊な技法です。ビーバーやカシミヤコート地など、最高級のふくらみと艶が求められる素材に用いられ、光沢の中に動的な美しさを宿す静かなる贅沢を体現します。




機能性(フィニッシング)と愛着の美学


生地の魅力を維持し、快適性を高めるためにも加工は欠かせません。これらは、スーツの価値を長期的に守るための現代の職人技です。

  • 撥水・防汚加工: マイクロン スフィア加工などのトリートメント加工により、水や水溶性の汚れを弾く機能が付与され、生地の清潔感を長く保ちます。


  • シワ防止加工・抗ピリング加工: ウールが持つシワ回復性をさらに安定させたり、過度な摩擦による毛玉(ピリング)の発生を抑える加工を施します。


  • シルクエフェクト / マーセライズ加工: REDAのドルフィン加工や、綿に施されるマーセライズ(シルケット)加工のように、特殊な化学処理で生地にシルクのような独特の光沢としなやかさを与え、高級感を高めます。


  • ロンドンシュランク(収縮処理): 生地が後の湿気などで不必要に縮まないよう、水と圧力で収縮を安定させる伝統的な処理です。これは、仕立て後の型崩れを防ぐ上で非常に重要です。




新品よりも深みを増す「経年変化(エイジング)」


最高の加工を施された生地は、その後、「時間」という加工を受け入れます。

縮絨や起毛を施さない硬く重いツイードなどは、着用を重ねるごとに生地が馴染んで深みを増します。また、上質な梳毛生地も、何度も着ることで表面の毛並みが落ち着き、「ぬめり」のあるしっとりした光沢が増していくのです。

服は、工場での緻密な整理を経て完成に至りますが、最終的には着る人の愛着と歴史が加わることで、「新品よりも美しい」、かけがえのない一着へと育っていくのです。

あなたが選ぶ生地が、どのような「美学」を体現し、これからどんな物語を紡ぐのか。その背景にある職人の技術に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。








執筆者のプロフィール画像
脇山 晃樹 1998年、東京都出身。バンタンデザイン研究所ファッション学部を卒業後、大手紳士服メーカーのオーダー部門で7年間勤務。現在はDrapper Hopeでフィッターとして活動。

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