【コートの歴史#3】極寒の海で生まれた名作:ピーコートとダッフルコートのDNA
- web7455
- 23 時間前
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海と陸、過酷な環境で生きる人々の知恵
これまでのコートが、貴族のエレガンスや戦場での実用性を追求したものであったのに対し、今回の主役は、極寒の海や厳しい冬の気候から人々を守るために生まれた防寒着です。
ピーコートとダッフルコートは、イギリス海軍や漁師、船乗りといった、常に風と寒さにさらされる環境で働く人々の知恵と工夫の結晶です。そのデザインには一切の無駄がなく、「生命を守る機能性」と「圧倒的な暖かさ」という純粋な目的のために研ぎ澄まされています。
今回は、海軍の伝統を受け継ぐピーコートと、ユニークなトグルボタンを持つダッフルコートの、知られざる深いルーツに迫ります。
ピーコート:イギリス海軍が誇る、艦上の防寒着
歴史的背景:オランダの生地とアメリカの進化
ピーコートの起源については、18世紀頃のヨーロッパ、特にオランダの船乗りの間で着用されていた防寒コートにあるという説が最も有力です。名称は、オランダ語で粗いウール生地を意味する「pij(ピー)」または「pijjekker(ピーイエッケル)」に由来するとされます。
その後、この防寒性の高いコートがイギリス海軍(Royal Navy)に採用され、艦上着として世界的に広まります。特筆すべきは、アメリカ海軍(U.S. Navy)でも採用され、彼らが定めた規格「10ボタン(1930年代まで)」や、戦後の「6~8ボタン」といった厳格な仕様によって、現代に至るデザインが完成・標準化された点です。イギリスだけでなく、アメリカという巨大な組織がその機能性を担保したと言えます。
デザインの秘密:荒波と強風に耐える機能美
ピーコートの主要なディテールは、荒れた海上での活動を考慮して設計されています。
まず、大きな襟(リーファーカラー)です。これは、艦上での強風から首元や耳を守るためであり、片手で素早く立てられるよう設計されました。また、ダブルブレスト(二列ボタン)は、船が風向きを変えるたびに、左右どちらから風が吹いても、前を打ち合わせて素早く閉め直せるようにするためという、船乗りならではの実用的な理由があったのです。
素材には、目の詰まった厚手のメルトンウール生地が使用されました。これは防風性が極めて高く、少々の海水なら弾く撥水性も兼ね備えていたため、海の厳しい環境に最適でした。ポケットも特徴的で、垂直に切り込みが入ったハンドウォーマーポケットは、凍える手を甲板作業中でもすぐに温められるよう、最も理にかなった位置に配置されています。

ダッフルコート:ベルギーの生地とトグルボタンの深い理由
歴史的背景:ベルギーの生地が海軍の救世主に
ダッフルコートのルーツは、ベルギーのデュフェル(Duffel)という町で織られていた、厚手で毛羽立ったウール生地にあります。この「ダッフル生地」は元々、漁師や農夫といった労働階級の防寒着として使われていました。
世界的な普及の最大のきっかけは、第二次世界大戦中にイギリス海軍が、この高い防寒性を持つコートを水兵用の防寒着(フリーズ・コート)として大量に採用したことです。バーナード・モントゴメリー元帥が愛用していたことでも有名で、彼の着用姿を通じて、ダッフルコートは軍の堅牢な実用品としてのイメージを決定づけました。終戦後、大量の軍放出品が市場に出たことで、学生や知識人層にまで広がり、カジュアルコートの定番へと昇りつめました。
デザインの秘密:手袋と分厚い生地に対応した構造
ダッフルコートの最もユニークな特徴は、その留め具と構造にあります。
トグルボタンと麻紐(または革紐): この独特な留め具の最大の理由は、分厚い手袋をしたままでも容易に着脱できるようにするためです。寒冷地の船上では、手を素肌にすることは凍傷につながるため、トグルは船乗りたちの実用的な知恵から生まれた極めて機能的な留め具でした。
大きなフード: フードは、水兵が着用する軍帽やキャップの上からでも深く被れるように、ゆったりと大きめに作られています。
分厚いダッフル生地: 重く、ゴワゴワとした厚手の生地は、防寒性の高さはもちろん、荒波で濡れても繊維が潰れにくく、保温性を保つという耐久性の面でも重要でした。

まとめ:機能性から生まれた「無骨な魅力」ピーコートとダッフルコート
ピーコートのダブルブレスト、ダッフルコートのトグルボタンといったディテールは、すべてが「極限の環境で生き抜くための機能」という共通のルーツを持っています。
これらのコートは、優雅さよりも実用性を追求した結果、タフネスとカジュアルな定番という地位を獲得しました。その魅力と着心地を最大限に引き出すためにも、ご自身の身体に合った着丈や肩幅で選ぶことが、このタフな名作たちを着こなす鍵となるでしょう。






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