【コートの歴史#2】雨と動きやすさへの挑戦:トレンチ、バルカラー、ラグランの機能美
- web7455
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雨と動きやすさへの挑戦
19世紀後半、英国紳士の悩みは「雨と寒さ」でした。フォーマルなウールコートは雨に弱く、厚手のスーツの上から羽織る際の肩周りの窮屈さも問題でした。
この問題を解決するため、「防水性」と「動きやすさ」という純粋な実用性を最優先に、革新的なコートが誕生します。今回は、軍服から生まれた機能の塊・トレンチコート、シンプルな機能美を追求したバルカラーコート(ステンカラー)、そして革新的な構造を持つラグランコートの進化の物語を紐解いていきましょう。
トレンチコート:塹壕戦から生まれた「英国2大ブランド」の功績
世界大戦と「撥水生地」の発明
トレンチコートのルーツは、その名の通り、第一次世界大戦の「塹壕(トレンチ)戦」でイギリス軍が採用した防水コートにあります。過酷な戦場のために、従来の重いウールではなく、耐久性と撥水性を兼ね備えた生地が求められました。
ここで活躍したのが、英国の二大老舗ブランドです。1853年創業のアクアスキュータム (Aquascutum)は、世界で初めて撥水加工を施したウール生地を開発。「Aqua(水)」と「Scutum(盾)」を組み合わせたその名は、まさに水の盾を意味し、防水コートのパイオニアとしての地位を確立しました。
さらに、バーバリー (Burberry)の創業者トーマス・バーバリーは1879年に、通気性と防水性を両立した画期的なコットン生地「ギャバジン (Gabardine)」を発明。この生地を用いたコートは、第一次世界大戦中にイギリス陸軍に正式採用され、一気にその名を広めることとなりました。
ディテールに宿る戦場の機能
トレンチコートの象徴的なディテールは、すべてが戦場で意味を持つものでした。肩のエポレットは階級章や装備品の固定のため、右胸の二重の布(ガンフラップ*ガンパッチ)はライフルの衝撃吸収や雨の侵入を防ぐためです。
ウエストのベルテッド(ベルト)は、単なる装飾ではありません。これをきつく締めることで、寒冷地で冷たい空気がコート内に侵入するのを防ぎ、防寒性を高めるという重要な役割がありました。また、ベルトに付いたD型の金具は、初期のモデルでは手榴弾などの装備品を引っ掛けるためのフックだったという、生々しい戦場の歴史を物語っています。

バルカラーコート(ステンカラー):シンプルさと比翼仕立ての機能美
カントリーウェアから万能コートへ
バルカラーコートの起源は、スコットランドのインヴァネス近郊の地名「バルマカーン(Balmacaan)」に由来します。これはもともと、英国貴族がカントリーサイドでの休暇や旅行時に、ゆったりと気楽に羽織るカントリーコートとして発展しました。都会のフォーマルコートとは一線を画し、実用性とリラックス感を重視した立ち位置でした。
日本に渡ってからは、その襟の形状から「スタンド・アンド・フォール・カラー」が略され「ステンカラー」という和製英語で定着し、ビジネスコートの定番となりました。
風を防ぐ襟と隠された前立て
バルカラーコートの構造的な強みは、そのシンプルな襟型にあります。後ろが高く前が低く折れる襟は、第一ボタンまでしっかりと留めれば、風を遮る防風性能が非常に高いのです。
そして、トレンチコートにはない、このコート最大の機能美は比翼仕立て(フライフロント)です。前ボタンを生地の裏に隠すこの構造は、正面からの雨水の侵入を物理的に防ぐと同時に、装飾を排除することで、クリーンで整然とした外観を生み出しました。この「シンプルさ」こそが、バルカラーコートが現代のビジネスシーンで万能な地位を確立した最大の理由です。


ラグランコート:革命的な着心地を生んだ「肩の秘密」
負傷兵のための構造がファッションに与えた影響
ラグランコートの最大の特徴であるラグランスリーブは、19世紀のクリミア戦争で右腕を失った初代ラグラン男爵に由来する説が最も有名です。彼は、負傷した自身や兵士たちが、よりストレスなく脱ぎ着し、腕を動かせるよう、この新しい袖の構造を考案させたと言われています。単なるデザインではなく、医療的な配慮から生まれたという、非常に深いルーツを持っています。
可動域を確保する最適解—ラグランの機能美
ラグランスリーブは、襟ぐりから袖下にかけて斜めに縫い目が走る構造のため、通常のコートに比べて肩の可動域が非常に広くなります。この構造のおかげで、厚手のスーツやジャケットの上から羽織っても肩周りが窮屈にならず、現代のオーバーコートにおける「動きやすさ」の最適解の一つとなりました。
さらに、肩に縫い目がない分、雨が縫い目から浸水するリスクも軽減されます。機能性だけでなく、肩のラインがソフトで角がないため、現代的なリラックス感や柔らかな雰囲気をコートにもたらすという、デザイン上の大きなメリットも提供しています。

機能こそが「現代の定番」を生んだ
バーバリーやアクアスキュータムによる撥水生地の発明、そしてラグラン男爵の逸話に象徴されるように、これらのコートは、厳しい環境や日常生活のストレスを軽減するために考え抜かれた「機能」がデザインの核です。
特にラグランの機能美は、現代の私たちのライフスタイルにも完璧にフィットし続けています。ご自身の体型にジャストフィットさせることで、歴史に裏打ちされた機能美を最大限に活かすことが、この実用コートを真に着こなす鍵となるでしょう。







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